英語のお勉強
寓話の迷い道 in 英語格言の森 その17


「鳥と獣との戦の話」

或日鳥と獣との間に軍(いくさ)起りて。しばらくの内いづれを勝。いづれを負とも定めがたくぞ見えける。
其時蝙蝠は鳥とも属(つか)ず獣ともつかぬ形容(なりかたち)を具たるものなれば。其わけをいひ立て。
初は局外中立(どちらへもつかず)して。旗色を見てありけるが。やがて獣の方勝色に見ゆるをもて。獣の方へ馳せ加り。
其戦を助けけり。然るに鳥ども力を戮(あわ)せ。返し合せて防ぎ戦ひ。遂に獣方を打敗り。鳥の方勝戦に見えにければ。
蝙蝠はまた一早く獣の方を去りて鳥の方に打まぢり。獣に向つて戦ひ居けり。
扨(さて)軍(いくさ)も余り永引て互につかれたればとて。一時(ひとまづ)和睦と取極りたる時。
鳥も獣も蝙蝠の二心ある行状(ふるまひ)をにくみ。双方ともに同盟(なかま)には入れずして。
以後は白日(はくちう)に出る事ならず。
壮麗(きらびやか)なる処へ住む事なかれと。厳重に罰(とがめ)云渡しければ。夫(それ)より後蝙蝠は。
軒の片隅(つま)やきたなげなる洞穴(ほらあな)に潜(ひそ)栖(すみ)て。黄昏にのみさまよひあるき。
 
肩身狭く世を渡る事とはなりける有名な蝙蝠のお話です。
状況によって、鳥の仲間と言ってみたり、獣の仲間と言ってみたり。遂には、蝙蝠は両者から追放されることになります。教訓を語る一種の縁起譚となっている点はこのお話の特徴でもありますが、語られる教訓そのものは、あまり目新しいものではありません。
明治初期の翻訳寓話集では、「人もその如く。義もなく信もなく心常に定らずして。或左或右(あちらこちら)へ身を倚(よせ)るものは。果は誰にも憎れて。身の置処なくなるものぞ」との教訓が附されています。

Actions speak louder than words. <行ないはことばよりも雄弁である>
ということで、やはり信用や信義が問題となる局面では、どのように振る舞うかが重要となります。もちろん、そこに深謀遠慮があれば後に認められるかもしれませんが、ただふらふらとしているだけでは認められないわけです。

このお話と同様に、蝙蝠が自分の正体をごまかすお話が古代の寓話集にも残っています。そちらの話では、鼬につかまった蝙蝠が自分は鳥ではなく鼠だと言い、再度別の鼬につかまったときには、自分は鼠ではなく蝙蝠だと言って難を逃れます。前述のお話とは異なり、このお話では、蝙蝠の臨機応変を誉めています。

Take the cash, and let the credit go. <名を捨てて実を取れ>
ということでしょう。


いずれにせよその場しのぎでありますが。
こうした評価の境界線は判断が難しいですが、状況によってあちらこちらへふらふらとしているだけでは、結局のところ、当人の中に確かなものがないことを物語っているのではないか、と思われなくもありません。