英語のお勉強
寓話の迷い道 in 英語格言の森 その15


「敵同士」

二人の敵同士が、一艘の船に乗り合わせた。お互いに離れていたいと考え、ひとりは舳先に向かい、もうひとりは艫に向かい、そこに腰を落ち着けた。その船を激しい嵐が襲い、船が転覆しそうになったとき、艫の側にいた男が、船のどちら側がまず沈みそうかと操舵手に訊ねた。すると操舵手は「舳先です」と答えた。それを聞いた男は、こう言った。「敵が自分より先に溺れるのを目にすることになるのならば、もはや死は苦痛ではない」

仲の悪い者同士が同じ船に乗るというのは、いわゆる「呉越同舟」と同じ状況です。しかし、「呉越同舟」では、船が暴風雨に遭ったときに、敵同士が手を結び、力を合わせて助け合ったというところが話の肝です。ここで紹介した話は、その逆をいく話といえます。

「同じ船に乗り合わせる」ことは、 英語の慣用的な表現にもあるらしく、手元の英英辞典では、

be in the same boat = to be in the same difficult situation


と説明されています。つまり、困難な状況に居合わせる、ということのようです。居合わせてどうするかは別の問題で、この話の場合は、二人が協力し合うでもなく、ただ沈み行くだけとなっています。

この手の話では、困難な状況で互いに協力し合うというのがありそうな筋書なわけですが、そうしていないところがこの話の皮肉のきいているところです。この話では、時にはこんな人間もいる、という説明をつけていますが、その在り方を認めているわけではありません。むしろ、そうした人物を特異な存在として、わざわざ紹介しているのです。


A drowning man will grasp at a straw. <溺れる者はわらをもつかむ>

という言葉もありますし、やはりこうした場合には、

Let bygones be bygones. <これまでのことは水に流して>

何とか協力し合って困難に立ち向かうのが、よろしかろうと思われます。それでもどうしようもないこともありましょうが、まだ船も沈んでいない状況で、相手の不幸を喜びながら、はじめから死ぬことを前提に思案するというのは、どうも不健康な話です。相手の苦しむ姿を見られるといっても自分も同じ境遇にいるわけですし、そんな状況で相手に敵意を燃やしても何にもなりませんから、いわば無意味な自己満足に浸りながら滅びようという点で、ただの諦観よりも質が悪いともいえます。

とまれ、それはそれでひとつの覚悟と見ることができるかもしれませんが、相手憎しから協力を拒否し、相手が沈んでいくのを喜びつつも、実は自分の方が先に沈んでいることに気付いていないなんてこともありそうですし、変に不健康な思考に陥らないように気を付けたいものです。